Diary-nagataka-シリコンバレーで働きたい!という夢への日々

外資ITで働くエンジニアが趣味や日々の事など書いてます(技術の話は別ブログ http://wanna-be-geek.seesaa.net/ )

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強みこそが機会

ドラッカーが、「経営者の条件」の中でこう言っている。

強みこそが機会


弱みを潰す事より、強みを伸ばす事に注力しようというのは、散々言われている事。

今回、この言葉で個人的に刺さったのは、「機会」という部分。

一つ大きな強みがあるから、大きな機会を得られるのかもしれない。

弱みを潰すことに尽力しても、強みの部分が伸びていなければ、その強みに比例した平均的な機会しか得られない。

得られる機会の大きさは、持っている強みのうち最大のものと比例するのではないか。

例えば、パラメータが5個あるとして、100時間をそれぞれを伸ばすために充てられるとする。

パラメータ1-5を均等に20ずつ伸ばす場合と、どれか一つのパラメータ(ここではAとする)を100に伸ばす場合を考える。

前者の場合、結局評価はせいぜいlv20+の凡人。
けど、後者はlv100のAに関するプロフェッショナルとして認知される。

lv100のAについてのプロフェッショナルは、その他B,C,D,Eについてのlv100のプロフェッショナルから、チームの一員になり得る存在として認知されるが、全てに関して均等に20くらいの能力の人は、その他のプロフェッショナルからチームメンバ候補として認知すらされない。

つまり、大きな強みがあれば、他に弱みがあったとしても、その強みを持つ分野の専門家として、他の分野において大きな強みを持つ人達のチームの一員として受け入れられ得る。

その機会によって、またさらに弱みを潰す事に尽力していて平均的な機会しか得られていない人間よりも一歩抜きん出る事が可能となる。

そんなサイクルを回すために、とにかく自分の強みを確率する事にまず注力しなければいけない。


自分が手にし得る機会は、強みの大きさによって決まる。
決して、様々な分野における能力の平均値の大きさではない。

こんな事を考えた。

さて、自分も日々強みの確率のために努力せにゃ。


  1. 2011/09/02(金) 02:04:36|
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経済学者"らしく"考えるって...

どうも、なんとなくPHPでyahooファイナンスから株価を取得してきてCSVファイルで出力するスクリプトなど組んで現実逃避をしていますながたかですw

研究は中間発表で散々な突っ込みにあい、どうでもよく...なったわけではないのですが、新規性を出すってとても大変だと実感しておるのであります。

まぁ逃避するんじゃなくて、これはとても良い修業の機会なので、出来る限り頭捻って頑張ろうと思います^^


さてさて、先日から読んでいるマンキューの入門経済学、もう第七章まで読了しました(復習問題はかなり放置気味...毎週数問ずつ週末にやっています。。)



で、外部性に対する公共政策ということで、ピグー税というものについて言及されている項がありました。

そこで以前感じたものと同種の違和感を感じたので、ここにまとめながら改めて考えてみたいと思います。

まず、
Q:ピグー税って?
A:負の外部性を矯正するために課す税。

Q:(負の)外部性って?
A:ある者の行動が周囲の人間の経済的福祉に与える影響。例えば、環境汚染。

Q:税をかけると?
A:例えば、車の排出ガスは人間の体に悪い影響を与える。なので、社会に対して負の外部性を持つ。これに税をかけると、ガソリンの消費者(ドライバー)としては、ガソリンをなるべく使わないような方向へのインセンティブが働く(カーシェアをしたり電車を使ったりエコカーに買い替えたり)。
このように、市場関係者に、自らの外部効果を考慮に入れるインセンティブを与えるような税の活用の仕方を外部性の内部化という。

で、このように、税を課す事で、汚染物質の排出を規制するのと同等の効果が得られるという内容が書かれています。

ここで挙げられている例なのですが、例えば、汚水を年300トンに規制した場合を考えます。
製紙工場と製鉄工場があったとして、この二つの工場は、汚水の排出抑制の難易度の度合いが違う可能性が考えられます。

そうなると、仮に製紙工場はある程度楽に規制ラインを達成する事が出来るのだけど製鉄工場にはそれが難しい。

となると、製紙工場として「もし製鉄工場が五万ドルを支払ってくれるならば、汚水の排出をさらに100トン減らす事に同意してもいい」ともちかける可能性もありますよね。

で、仮に、現状製紙工場が300トン、製鉄工場が300トンの汚水を排出しているのだけれど、製鉄工場はもっと製品を作りたいのであと100トン汚水を排出したい場合、製鉄工場がこの交渉をのめば、製紙工場が200トン、製鉄工場が400トンを排出し、製紙工場は五万ドルを受け取る事になります。

こうなると、社会全体としては600トンの汚水という負担は変らず、だけれども製鉄工場は製品を沢山作れて、製紙工場は五万ドルを得られてハッピー、という事になりますね。

本にはこうあります

経済の効率性の観点からは、この取引を認めることは良い政策である。それぞれの工場の所有者は自発的にその取引に合意しているので、取引は両者の厚生を改善するはずである。そのうえ、汚染の総量は同じなので、その取引による新たな外部効果は生まれない。したがって、製紙工場が製鉄工場に汚染する権利を販売するのを認めることは社会的厚生を高める



これが、CO2の排出権取引なんかの思想なんだなぁと読みながら納得したのです。

けど、排出権取引を初めて知った時にも感じた違和感を感じざるを得なかった自分がいます。

確かに、排出総量は変らないから、「ボクは規制ラインの300じゃなくて200まで減らせるから、ボクにお金をくれれば余った100の分キミが排出していいよ」というのはその通りなのだけど、なんだか腑に落ちないというか。。

規制ラインが300なのに200まで減らすのは素晴らしい!けど、余計に削減出来た分があるからって、それを良い事に他の誰かがわざわざそれを負の穴埋めしなくていいじゃん...と思ってしまったんですね、初めて排出権取引という言葉を知った当時。

ってな事を思い出しながら本を読み進んで行くと、とあるアメリカの議員の発言が書かれていました。

「われわれは、代金を支払わせて汚染する権利を与えることはできない」
と、エドモンド マスキーという議員の方が言ったのだそうな。

それに対するこの本の解説なのですが

確かに、きれいな空気やきれいな水には価値がある。しかし、その価値は機会費用と比較されなければならない。すなわち、それらを手に入れる代わりに放棄しなければならないものと比較されなければならないのである。すべての汚染をなくすのは不可能である。すべての汚染を取り除こうとすれば、高い生活水準を享受することを可能にしてくれた多くの技術進歩が逆行してしまう。ほとんどの人は、環境をできるだけきれいにするためだといっても、貧弱な栄養や不十分な医療、みすぼらしい家で我慢しようとはしないだろう。
経済学者は、環境活動家が経済学の用語で思考しないために、かえって環境保護を進まなくしていることがあるとう。きれいな環境は他の財と同様に一つの財である。すべての正常財と同様に、所得弾力性は正である。豊かな国は貧しい国よりもきれいな環境を供給する事ができ、そのため通常はより厳しい環境保護を行っている。他の財の需要と同様、きれいな空気と水は需要法則に従う。さらに、環境保護の価格が低いほど、人々は多くの環境保護を望む。したがって、汚染許可証やピグー税といった経済学的アプローチによって環境保護の費用が減少すると、きれいな環境への人々の需要は増加するのである



きちんと考えを言語化して反論できないのだけれど、どうしても腑に落ちない。
特に一番最後の下り。

価格が低ければ需要が増える。費用が減れば価格が抑えられる。
言っている事はわかる、この本の最初の方で学んだ。

でも何だか腑に落ちない。

なんだろうこの違和感。


経済学の用語で思考出来るようになっても尚この違和感を感じるようであったら、そのときは反論しよう。
この感じは一先ずブログのエントリーとして記録し寝かせておく。


  1. 2009/12/07(月) 00:15:45|
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グレーの濃さ

どうも、最近はマンキューの入門経済学を読んでいますながたかです。


これまでに読んだ事のある経済の本と言えば細野シリーズくらいだったのですが、もっと日々のニュースを深い視点で読めるようになりたいと常々思っていて、経済学を勉強したらそうなれるのかなぁと漠然と興味を持っていました。

そんな中、いつもチェックしている池田信夫先生のブログで頻繁に登場する「マンキューくらい読め」というフレーズで気になっていたこの本に手を出して勉強を始めたのでした。

修論に向けて研究を詰めていかなきゃいけないのに何やってんだと突っ込まれそうですが(笑)電車の中とかで時間を見つけてちょっとずつ読んでます。


さてさて、ちょっと前から、「最低賃金を引き上げるんだ!」「そんな事したら逆に失業が増えるぞ」論争をよくテレビで見かけます。

まさにコレについて、この本に載っていたので、とても興味深く読みました。

まぁ、直感的に、最低賃金を高くしたら雇う側は負担が大きくなるから、あまり人を雇いたがらないよな、というのはわかるのですが。

結局、需要と供給に対する規制の話しなんですね。
雇用者(需要)と被雇用者(供給)の曲線に対して、均衡価格を超えた上限を政策で設けた場合にどうなるかという話し。

賃金が高いので、需要(雇用)供給(被雇用)は共に線上を移動するわけですが、下限があるためにギャップが生じてしまうんですね。

なんか、直感的になんとなく理解していた事を、図でしっかりと理解できてストンと腑に落ちた感じ。

さらに、本によると、「最低賃金が10%上昇すると、10代の雇用は1 - 3 %減少する」という研究結果もあるのだそうな。

じゃあ、政策を作ってる人達はこんな事も知らないで議論してるのか?となってしまうけど、これまたこの本によると
「最低賃金に賛成する多くの人々は、最低賃金には失業を含むいくつかの悪い副作用が存在する事を認めている。しかし彼らは、こうした影響は小さく、すべての事柄を考慮しても、最低賃金を引き上げる事で貧しい人達の暮らしぶりが改善すると信じている」
のだそうな。

一長一短である事を分かった上でどちらかのスタンスをとらなければならないこの難しさ。

自分だったらどちらかというのは、考えてみても結構悩ましい。

意思決定において明快な白黒がつくことはまれであり、たいては灰色の濃さが問題となる
とあるけれど、至極名言!

経済学って、スタンスとしては科学なんだけど、最終的に問題が白黒ではなく、どんなグレーがいいのか、という所に帰着する内容も多い辺りちょっと他の科学とは違ったりするのかな。


意思決定において明快な白黒がつくことはまれであり、たいては灰色の濃さが問題となる、か。。
どんな明度の灰色が好きかはみんなバラバラ...それこそ個々人の哲学による所かもしれない。

難しいね~、けど、こういう事をちゃんと頭に入れてニュースを見れれば、自分もちゃんと色々な視点から問題を多角的に見れるようになるかな?
精進精進。




さて、土曜日は友人の結婚式に行って参ります。
友人の結婚式って初めてなので、なんだか歳を感じるわ...
二次会からの参加だし、白いシャツじゃなくて、クレリックシャツとかで少しカジュアルにしてみようかな~♪
  1. 2009/11/27(金) 02:35:53|
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新しい広告のカタチ

どうも、久々にCDを買いましたながたかです。

バンド練の後に某同期を誘って久々にユニオンに行ってきました!

最後にCDを買ったのはいつだったか...なんかCDにお金を使う余裕がこの数ヶ月無かったような...たまには、という事で買いに行きました。

収穫は、エアロにボンジョビにKing'sX。普通のロックばっかり。
そういやメタルコーナーの滞在時間短かったな、ワシも変りましたわw

いや~しかし、初期のエアロ、昔は好きじゃなかったんですけど、今聴くと凄くいいですね~、ジョーのギターがカッコいいです^^



さて、前置きはこれくらいにして、BCGの御立さんの著書「経営思考の補助線」に書いてあった内容で、オモシロいなと思った事があったのをフと思い出したのでそれを書く。

それは、「それでもCMを見ますか?テレビビジネスの将来を読み解く」と題された項。

最近は全ての地上波の番組を自動で一定期間分録画してHDに保存しておけるレコーダーが普及してきていますよね。

さらに、これらにはCMをスキップする機能を備えたものもあるとの事。
(自分は普段あまりテレビを見ないし、自宅のテレビは今だにアナログってな具合にこの分野の最新事情に疎いのですが、CMスキップ機能なんてもの聞いたときにはメチャクチャ便利じゃんと関心してしまいましたw)

そうなると、視聴者はCMなんてみんなスキップしてしまうのではないか?という疑問が湧きますよね。

ここで挙げられている、これらに伴って起こるであろう変化が三つあります。

それは
1, コンテンツとしてパワーを持つ広告の価値が相対的に高まる
2, プレースメント型広告が増える
3, コンテンツビジネスとしての戦略の巧拙が、テレビビジネスの成功・失敗をはっきり分ける
という三点。

この中で、特にオモシロいなと思ったのは2のプレースメント型広告の話。

プレースメント型広告とは、コンテンツの中に自社の商品や広告を登場させるという手法。

例えば、映画トランスフォーマーを観た人で、GMCやシボレーのエンブレムやロゴがでかでかとスクリーンに映っていたのを覚えている方もいるのでは?まさにあれですね。(アレを観てちょっとカマロが欲しくなったじゃないか!)

自動車メーカーが自社の車を提供したり、また、飲料メーカーが自社の製品を提供し、主人公がそれを飲むシーンを組み込んだり。

これはコンテンツに組み込まれているのでスキップが不可能となります。

これって、「流され易い」とよく言われる日本人向けのマーケティングとしてはかなり効果を発揮する可能性があるように思えますよね。(日本人が本当に流され易いのかどうかは知りませんが...まぁそんな気はしますがね。。)

人気俳優扮する月九の主人公に、スポンサー企業の製品を着用・使用・飲食させる。

辟易するくらい、某ドラマでキムタクが着ていたのとそっくりなダウンジャケットを着た兄ちゃん達が街に溢れていた時期があったのを思い出しますねぇ。。

ここでさらにだめ押しで、テレビからネットの利用が可能な事を使い、番組に対応したオンラインスポンサーショップへリモコン操作一つでアクセス可能にしてみたりするのも効果がありそうですね。

例えば、「あ、あのヒロインが着ている服かわい~」と思ったら、リモコンでポチッとボタンを押すだけで、スポンサー企業提供のその番組内で使用されているアイテムを集めた情報サイトへアクセス可能、そしてそのまま即オンラインショッピングが可能、ってな具合に広げたら良さそうですね。

ドラマ内でのその商品が登場したシーンのスクリーンショットの横に「○○があのシーンで着用していたのはコチラ (\××円)」みたいなね。

ドラマの進行に伴って、リアルタイムに商品ラインナップが更新されていったりというのも楽しいかも。

う~ん、こういうのってどうなんだろう、実際既にもうやられているのだろうか?
前述のように、自分は全然テレビに興味が無い人なので事情に疎い上、今このエントリーを書くにあたって特に調べたわけではないのでわかりません。

もし既にそういうのは当たり前に行われているなら教えてください。


さてさて、なんだか夜更かしをしてしまってますね、学祭やら研究室お泊まりやらでちょっと乱れ気味です。
もう四ヶ月で社会人だし、朝方矯正しますよ!

それではおやすみなさいzzz


  1. 2009/11/24(火) 03:43:11|
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自己

丘の上の松がむりならば
谷間の低木になれ。ーーだが、小川のほとりにあるもっとも美しい低木に。
木になれないのなら、やぶになれ。
やぶがむりならば、一握りの草になれ。
そして、大通りを楽しくしてやれ。
カワマスがむりならばクロマスでよい。
ーーだが、湖の中でもっとも生きのよいクロマスに!

われわれはみなが船長にはなれない。水夫になるものもいよう。
ひとりひとりに何かすることがある。
大きな仕事もあれば、小さな仕事もあろう。
そして、しなければならない務めは手近にある。

大通りがむりならば、ほんの小路でもよい。
太陽がむりならば、星になれ。
成功と失敗を分けるのは大きさではない。
何になろうと最上のものになれ!

---ダグラス マロック


人間皆、それぞれの趣向があって、さらにそれぞれの置かれた状況がある。

それらを踏まえた上で、自分が何になりたいのか/なれるのかを考えてそれに向けて歩いて行くわけだけれど、それぞれの趣向の中での最上になれたら最高ですね。




最上の演奏家が集まって、最上の空間が出来上がる。最上の指揮の下で。

そこには変な嫉妬とかつまらない争いなんてなくて、最上が最上同士尊敬し合っている。

そんな生き方が出来たらいいのにね。それに足る最上の何かになれたらいいのにね。

自分はまだまだ本当に小さ過ぎて。。



そういう事を考えると、一つ一つの事柄に対してめっちゃファイトが湧いてきます!
この気持ちを忘れずに毎日いられたらいいのだけど。。


さて、明日バイト頑張ろっと!
はい、おーわり!
  1. 2009/10/23(金) 02:12:26|
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