Diary-nagataka-シリコンバレーで働きたい!という夢への日々

外資ITで働くエンジニアが趣味や日々の事など書いてます(技術の話は別ブログ http://wanna-be-geek.seesaa.net/ )

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人生の短さについて

人生の短さについて

凄いタイトルですよねw
以前読んだ本なんですが、再読してみました。


著者のセネカという人は紀元前を生きた哲人。

読んでみて、「人間の考える事って、悩みって、本質はずっと進化していないじゃないか、現代を生きる俺が、紀元前の人間が悩んだ事と同じ事で悩んでいるなんて」と感じずにはいられなかった。

彼の言葉はかなりヘヴィにのしかかってきました。

その中でも特に効いたのがこれ

諸君は永久に生きられるかのように生きている
(中略)
充ち溢れる湯水でも使うように諸君は時間を浪費している。ところがその間に、諸君が誰かか何かに与えている1日は、諸君の最後の日になるかもしれないのだ。諸君は今にも死ぬかのようにすべてを恐怖するが、いつまでも死なないかのようにすべてを熱望する。



「私は五十歳から暇な生活に退こう。六十歳になれば公職から解放されるだろう。」
では、おたずねしたいが、君は長生きするという保証でも得ているのか。君の計画どおりに事が運ぶのを一体誰が許してくれるのか。人生の残り物を自分自身に残しておき、何事にも振り向けられない時間だけを良き魂のために当てることを恥ずかしいとは思わないか。
生きる事を止める土壇場になって、生きる事を始めるのでは、時すでに遅し、ではないか。

彼らはますます良い生活ができるようにと、ますます多忙をきわめている。生活を築こうとするのに、生活を失っているのだ。彼らは自己の企てを遠い将来に向かって整えている。しかし事を引き延ばすのは、生活を遥か遠くに投げ出すことである。この引き延ばしは毎日を順々に抜き取り、彼方のものを約束する一方で現在のものを奪い取る。


それは明日に依存して今日を失う事である。
(中略)
今直ちに生きなければならぬ。



初めて読んだのは1年以上前、イタすぎました。

今回再読しても、イタかった...

確実に訪れる保証の無い未来のために現在を差し出す事。

現代人の多くが、いや、きっと昔からずっと社会に生きる人間という生き物の大半がやってきた事。



「そうじゃなくて、現在も未来も手に入れる、俺はソコを目指すんだ!」そういう決意を新たにした。



例えば、嫌々将来のためにと言ってしたくもない勉強をする事、これは未来のために現在を差し出す事だ。

そんなの嫌だ。

将来の健康のために嫌々エクササイズをすること、これも同じ。

これも嫌だ。

じゃあ今とにかく楽しい事だけに時間をつぎ込めばいいか。

これじゃあ、現代社会においては未来を放棄するようなもんだ。

これも嫌だ。


「嫌だイヤだって、そんな我がままが通るのかよ!」というツッコミが入りそうだw

通らないかもしれないね、けど、俺はソコを目指すんだ。

毎日、勉強をしている、未来のために。
けど、その勉強は、嫌々だったらやらないように自分のスタンスをシフトしていこうと試している最近。

こうしてみると、不思議と楽しく出来る勉強というのが自然と残るので、自分の趣向性だったり特性がわかるし、楽しい勉強なら今を犠牲にする事無く(楽しんでるんだから!)未来も手に出来る。

エクササイズも、楽しくできることをやる、辛いのを嫌々我慢してはやらないというスタンスにシフトしようとしている。
これも、楽しんでるんだから現在を生きていて、かつ健康な体という未来も手に出来る。

読書もそう、ギターの練習もそう。

「○○が読めって言ってたから読み始めたけど、オモシロくないなぁ、けど読めって○○が言ってたから最後まで我慢して読むか...」
⇒すぐに止めて別の本に切り替えます

「これくらい知ってなきゃだから我慢してやるかぁ...」
⇒効率が悪いので、必要に迫られるまで、自発的にやる気がおきるまで保留します

「今日は気が進まないんだけど、毎日練習しないと腕が鈍るから練習するか...」
⇒こんな気持ちでギターを弾くのは金輪際止めにします


これらはこれまでの人生で往々にしてあったことだけど、⇒の方へスタンスを変えようとしているワタシ。


「そんなのただの我がままだ!」, 「それでやっていけるのかよ!」という言葉が飛んできそうですねw

俺だって確信はありません、けど、現在も未来も生きたいじゃないですか☆

幸い、これで結構快適な毎日です♪

たまには先生から頼まれ事をしたり、無茶振りをされてしまいこのスタンスを保てない事もありますが、まぁ現代社会においては必要なので受け入れますが、どうにかこれも楽しんでやろうと、"俺の"今にしっかりと組み込んでやろうとココロの持ち様なんかを試行錯誤しています。


何が言いたいのかわからなくなってきたんですがw
とにかく、今を生きる事しか考えずに未来を失いたくも無いし、不確実な未来のために今を犠牲にしたくない⇒両方獲ればいいぢゃん!というブレイクスルーを経まして、試行錯誤中です!

再度言いますが、確信なんてありません、挫折するのかもしれません、けど、トライしてみないのは嫌だから試してみます。

そんな事を考えるきっかけを与えてくれた本でした。


とにかく、現在も未来も楽しみ尽くしたいんだよ!!
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  1. 2008/08/21(木) 00:14:18|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:2
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コメント

人間の作った物理的なもの、例えば機械とかのおかげで昔に比べれば物質的なものは昔と今じゃ全然今のほうが豊かだけど、精神的なものとか論理じゃどうしようもない部分(直感とか感性)は進歩しているのだろうか?してなくね?っていうのは私も感じるわ。

人間の本質的な思考とか欲求はまるで変わってないから歴史は繰り返す・・・。今、資本主義の歴史系の本を読んでるんだけど、資本主義国の、というより人間の精神の本質的な部分はまるで変わってなくてワロタ。
  1. 2008/08/21(木) 21:37:27 |
  2. URL |
  3. みや #-
  4. [ 編集]

レス送れてゴメン.

結局、精神的な事って、それぞれの人間がそれぞれの人生において悩みを発して、考えたりしないと積み上がらないからね。
先人が考えていて本とかにまとめられていたりしても、その地点からスタートじゃなくて、結局は今生きている個々人がそれを読んで考えないといけないわけで...
科学とかの知識は、それまでの先人達の成果の上に積んでいくことで進歩していくけど。

結局のトコロ、物資質的な面とかテクノロジー、科学の進歩と違って、精神的な部分ってのは個々人が1から人生において積んでいくものだから、"進歩"っていうのが果たしてあるのかなぁと思ってしまう...
もちろん、先人が考えて本とかにまとめてくれた事から学ぶことで、後世を生きてる人間はその人生においてより早く、効率的に(?)思考を進めていく事ができるってのはあるかもしれないけど。(それが良いか悪いかは別としてね。「本を読む事は、他人にものを考えてもらうことだ」なんて言った人もいるし...)

ウマく言葉にできませんw
  1. 2008/08/26(火) 21:36:45 |
  2. URL |
  3. ながたか #-
  4. [ 編集]

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